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Machine HeadのアルバムThe Burning Redの20周年を記念し制作秘話を公開。

July 30, 2019

Machine Headが1999年に発表したアルバムThe Burning Redが20周年となりバンドは自身のサイトにて同作の制作秘話や裏話などを掲載し話題に。

 

アルバムThe Burning RedはそれまでMachine Headが発表していたベイエリアスラッシュ、グルーヴメタル路線とは異なり当時人気を博したニューメタルブームに乗っかるという異色作としても有名。バンドは従来のグルーヴメタル感は残しつつもヴォーカルRobb Flynnも新しいヴォーカルスタイルを披露した作品であり世間一般にはMachine Headのニューメタルアルバムという様に言われていますが必ずしもKorn、Limp Bizkit、Deftonesの模倣作品でなく、Machine Headが当時の音楽を表現した作品となっています。

 

アルバムとしては制作前にギタリストLogan Maderが脱退(2019年に復帰)、そして現在Ill Nino(裁判中)であるAhrue Lusterが後任として加入。そして同作は当時Korn、Limp Bizkit、Slipknotをプロデュースしニューメタルブームの火付け役とも言えるRoss Robinsonが担当した事も話題になりました。

 

以下The Burning Redの制作秘話そして裏話です:

 

ー 曲Nothing Leftの曲中にあるブレイクダウンは前作The More Things Changeの英国ツアー時に書かれた。 https://youtu.be/eiKxyO5QMl8

 

ー ギタリストLogan Maderは曲I Defyを書いて脱退、直ぐ後に曲Devil With The Kings Card、Exhale The Vileが制作され、この三曲が最初に作られた。I Defy: https://youtu.be/PDqyokxdzIM

 

ー Loganは制作の初期段階で脱退。彼の脱退に影響される形でバンドは作曲し作中で最もヘビーなディス曲Devil With The Kings Cardが作られた。https://youtu.be/U0qtO-P_FYs

 

ー バンドは数ヶ月掛けてLoganの後任となる新ギタリストのオーディションを行い全米から多くのギタリスト達が参加。その中に現在SlayerとExodusで活躍しているGary Holtもいた(当時The Spudmonsters)

 

ー 1998年の夏、オーディションにて選ばれたAhrue Lusterはキャッチーなギターワークを当時在籍していたManmade Godにてプレイ、またRobbもファンであったデスメタルThe Horde Of Tormentでもプレイしていた。

 

ー AhrueのMachine Headライブデビューは1998年の8月地元のクラブで行われたシークレットライブだった。ライブにはSlayerのKerry Kingもゲスト出演しSlayerの曲South Of HeavenをMachine Headのメンバー達とコラボ。またVenomの曲Black Metalもカバー披露した。

 

ー アルバムはRoss Robinsonと一緒に米西海岸マリブにあるIndigo Ranchスタジオにて制作。同スタジオには同時期にデビュー作(セルフタイトル)を作っているSlipknotもおり、Machine HeadとSlipknotのメンバー達はIndigo Ranchスタジオにて一緒に寝泊まりしていた。

 

ー 当時SlipknotのドラムJoey Jordisonが曲Nothing Leftのスクリームバックヴォーカルで参加。Robbも自身のヴォーカルトラックを録り終えた後Slipknotが制作しているスタジオにて彼等のセルフタイトルのミキシング作業に何度も訪れていた。Nothing Left: https://youtu.be/_dF88r1uGwQ

 

ー Ross RobinsonがアルバムにThe Policeの曲Message In A Bottleのカバーを入れてみてはどうかと進言。RossはギタリストAhrueがスタジオにて同曲のカバーをプレイし遊んでいた所を聴き興味を示す。当初同カバーはアルバムのBサイドとして入れるつもりだったが、メンバー達の反対を押し切りRossの主張が通る形となった。 

https://youtu.be/Yu-Ulye5Axc

 

ー Ross Robinsonにプロデュース費として大金を渡したにも関わらず、Rossは自身が主催したレーベルI AmレコードのプロモーションツアーにてアルバムThe Burning RedとMachine Headを批判する発言、メディアはRossのMachine Headをディスる発言を書きたてた。(当時のRossは時の人状態であった) メディアの配信によりRossが当時プロモーションしていたAmenとSlipknotも大きく取り上げられる事になり2バンドのプロモーションを助ける形となってしまった。

 

ー The Burning Redのミキシングは米ハリウッドのLarrabeeスタジオにてRossと同様に有名であったTerry Dateが担当。(Limp Bizkit、Deftone、Incubus等をプロデュース)

 

ー プロモ写真はバンドの地元Oaklandにある使われなくなった電車の駅にて写真家Dean Karrによって撮影。

 

ー アルバムには4種類のカバーアートが存在する:
1 切り取った牛の頭を皿に乗せその周りを花で飾る。しかし却下
2 半分に切った牛の死体を火にかける。しかし韓国焼肉レストランみたいだと却下
3 Machine Headを漢字にしたシンプルなもの「機械頭」しかし中華料理店みたいと却下。
4 一番最初の撮影に使用した花に蘭があり、蘭を撮影しこれで決定。

 

ー 曲From This Dayの映像監督はラッパーMasterPと同ラッパーの曲Make'em Say Ughの映像を担当したMichael Martinによって撮影。映像のバックは当時のRoadrunnerレコード社長の家。Robbは金髪とブラックのスパイクヘアー、Daveはヒョウ柄坊主、Ahrueはカンフー衣装を着ている(のちにFive Finger Death PunchのZoltanがこの様な恰好をする)、そしてエキストラとしてBad Wolvesで活躍しているヴォーカルTommy Vextが出演。https://youtu.be/HJzeJiHHQOY  

 

ー シングルバージョンの曲From This Dayは3分になるようにカット編集されている。中盤のブレイクダウンパートはラジオプレイではヘビー過ぎると削除。 https://youtu.be/k-I7TuEzWYI
 

ー Bサイド曲としてBad Brainsの曲House Of Sufferingのカバー、そして曲Alcoholocaustは制作段階で作られていたが後に映画Heavy Metal2000のサントラに収録。
Alcoholocaust: https://youtu.be/UOOpcYV70Wg
House oF Suffering: https://youtu.be/JMFi9u8e1Eg

またVenomの曲Black Metalもカバーされたがこれはお蔵入りとなった。

 

ー The Burning RedのツアーとしてCoal ChamberがヘッドライナーのLiving LA Vida Locoツアーに準ヘッドライナーとして出演。同ツアーにはSlipknotとAmenもサポートバンドとしてCoal ChamberとMachine Headの前座として帯同。しかし、自身の二回目のツアーながら新人Slipknotの狂気のライブは話題を呼びサポートバンドながらヘッドライナー並の人気を博しCoal ChamberとMachine Headを食ってしまうほどだった。当時のSlipknot: https://youtu.be/XtwmvCC-OmI

 

ー The Burning Redの欧州ツアーには当初Slipknotがサポートとして着く予定であったが、ツアー開始前になりSlipknotが離脱、自身のヘッドラインツアーを慣行しMachine Headと真っ向から対決する形となりこの時2バンドの関係は決して良くなかった。

 

ー 余りクレジットはされていないがAhrueは曲The Blood, The Sweat, The Tears、曲Silver、曲Fiveの制作に大きく貢献。そして曲Enter The Phoenixのイントロパートを書いたのもAhrue
The Blood, The Sweat, The Tears: https://youtu.be/VARzXuaoJWA
Silver: https://youtu.be/i99k2SA_iEc
Five: https://youtu.be/8SQ31Ec57qY
Enter The Phoenix: https://youtu.be/QTePXzgUyOA

 

ー 曲Desire To Fireは元々Davidianのイントロとして書かれたアルバムBurn My Eyes時代に作られた曲だった。https://youtu.be/-tnBPubgZD0

 

ー 当時のバンドは大酒飲みとして有名でありメンバー全員が6リッターのウォッカを空ける程の酒豪だった。

 

ー The Burning Redの別のツアーとしてSevendustと一緒に回るツアーも行った。サポートはChevelle。しかしSevendustはツアーの大半をKorn主催のFamily Valuesツアーに参加していた為、Machine Headが大半をヘッドライナーとして出演していた。

 

ー バンドはBlack Sabbathのトリビュート作品Nativity In Black IIに収録する曲Hole In The Skyを同アルバムの制作時にカバーし提供していた。https://youtu.be/lq_kadvLTSM

 

ー バンドの欧州ツアーは最高の盛り上がりを見せ10組みのオープニングバンドが前座として組まれる事もあった。また英ライブ会場Brixton Academyを完売させた事も話題に。当時のオープニングバンドは同国のニューメタルOne Minute Silenceが出演。

 

ー The Burning Redを発表した翌年のYear Of The Dragon全米ツアーはMachine Head史上最も大きなツアーであり、この時バンドは初めてヘッドライナーとして全米をツアー出来るようになった。

 

ー 当時のドラマーDave McClainはThe Burning Redのツアー活動後バンドを離脱しハードロックSystematicのドラムとして活動。当時SystematicのオープニングとしてUnion Underground、そしてまだ新人だったLinkin Parkが出演。DaveはSystematicのドラムをツアー半分で切り上げMachine Headに帰還しそれから18年バンドで活動。

 

ー The Burning Redは40万枚を全世界で売り上げており、Machine HeadのCDセールスとしては2番目に売れたアルバム。またシングル曲From This Dayやカバー曲Message In A Bottleはバンドの最高傑作と言われるThe Blackeningの曲よりもストリーミング回数が多い。英国ではシルバーアルバムとして認定。

 

こちらMachine HeadのThe Burning Red20周年サイト: https://www.machinehead1.com/blogs/news/the-burning-red-turns-20

 

管理人も初めて聴いたMachine Headの曲がFrom This Dayで、メタルのコンピレーションCDに収録されていたFrom This Dayを聴いてアルバムThe Burning Redも購入。それからバンドの旧作も購入しMachine Headに入れ込む切っ掛けとなった曲であります。ニューメタルが衰退した後Machine Headは原点回帰でThrough The Ashes Of Empiresでバンド活動を復活させ、アルバムThe Blackeningを発表し世界的に成功しました。そういった経緯からニューメタルの要素を取り入れたThe Burning Redは何かと批判されやすいアルバムとなってしまいましたが管理人は現在でもこのアルバムが好きな事に変わりは無く、今回こういった20周年を記念した事でCDを引っ張り出しThe Burning Redを楽しんで聴いています。

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