Children Of Bodomメンバー達がAlexi Laihoとの決別について語る。

5/10/2022

Children Of Bodomメンバー達がAlexi Laihoとの決別について語る。

フィンランド産メロディックデスメタルChildren Of Bodomから結成メンバーであり26年間ドラムを担当したJaska Raatikainen、初期時に加入し発表してきた全ての作品に参加していたベーシストHenkka BlacksmithとキーボードJanne Wirmanが集まり2020年末に他界したフロントマンAlexi Laihoと一緒に活動した末期について、そしてAlexiとの決別の真相をHelsingin Sanomatにて激白。


2019年、アルバムHexedをリリースし活動中だったChildren Of BodomはJaska、Henkka、Janneの3人が同時に脱退する事を発表し多くのメタルファン達に衝撃を与えました。3メンバーの脱退発表時、バンドは同年12月に予定している地元での公演が3人の最後のライブパフォーマンスと発表し、3人はバンドを離れ違った人生を送る事になると説明されていました。同時期にAlexiがHelsingin Sanomatにて行ったインタビューには、


「バンドを終わらせる事について考えたのは3人からもうバンドでやっていけないと言われた時だった。彼等の脱退については家庭の事情もあり、俺は彼等の決断をリスペクトしているんだ。俺自身妻と義理の娘がオーストラリアで暮らしていて、妻は俺のバンド生活を理解してくれている。俺はバンド活動の為に殆ど家に帰れないけど、ツアーが終われば必ず彼女達が待つ家に帰って彼女等に全てを捧げている。家族程大切なものは無いんだ。先日のロシア公演だったかな、俺達バンドメンバー間で喧嘩をしたんだ。そして、この喧嘩の原因は自分であると認めるよ。俺達の喧嘩は大体小さなすれ違いや意見の食い違いで始まるのさ。この喧嘩によって、メンバー間の関係は最悪になりロシアツアー中にバンドが解散する危機も迎えていたんだよ。だけどメンバーは少し冷静になり、このまま終わるのではなくフィンランドでこのバンド形態最後のライブをすると決断したんだ。」と発言しており、自身に非があった事でメンバーとの関係が悪くなり、メンバーは家庭との時間を大切にする為に脱退する事になったと読めます。


同時期にフィンランドの音楽マガジンSoundiが発表した記事によると、Children Of Bodom(以下COB)のバンド名はJaska、Henkka、Janneが経営する会社AA&Sewira Consulting Oyによって管理されている事が明らかに。2019年の6月28日に、三人はフィンランドの特許庁に書類を提出、出願審査後三人の書類が5年間の期限付きで認可された事を報道。同権利は2019年10月1日からの5年間となっており、Alexi LaihoはJaska、Henkka、Janneの許可を得ない限りCOBの名前を出して活動する事が出来ない事が明らかにされました。


そして今回、Jaska、Henkka、Janneの3人が集まりCOBのファン達は全てを知る権利があるとし、バンドの終焉に至る経緯、そしてAlexiとの決別理由について発言。バンド脱退時はAlexiのみがメディアにて発言出来ていた事で真実はAlexiの発言内容と違っていたと説明。先ず、3人がツアー活動をするのを辞めたのは家庭の時間を大切にする、という報道は間違いと指摘。3人は自身の家族にこういった報道が出された事で申し訳なく思っており、家族はいつでもバンド活動をサポートしてくれたと説明。そして、3人が脱退した真の理由はAlexiの薬物乱用が原因と発言。「依存症は病気でありAlexiの行動が俺達の、そしてビジネスパートナーとしての信頼を破壊してしまった。しかしAlexiはその後何度も俺達に謝罪しており、バンドが解散した後、彼が亡くなる前まで俺達は一緒に仕事をしていたんだ。」と説明。


2003年、バンドはアルバムHate Crew Deathrollをリリースし、会社AA&Sewira Consulting Oyを設立しメンバー達のツアーやマーチ等からの収入を均等にメンバー達の給料として分けていくことになりました。当時は各メンバーに月8000ユーロが支払われていたそうです。Alexiの薬物問題は長年続いていた問題であり、2008年Slipknotと一緒にツアーをしていた当時はバンド存続の危機が訪れていた事を説明。2010年にAlexiはメンバー達にこれまでの自身の行いを謝罪し今後ツアー中は飲酒しない事を約束したそうです。「Alexiが飲酒をやめてとてもポジティブにハッピーになったんだ」と当時はバンドの危機を何とか乗り越えて良い状態に戻った事を説明。2015年、長年一緒に活動していたギタリストRoope Latvalaが脱退。Roopeの脱退についてAlexiはバンド活動に真摯に取り組んでいない事を理由として説明しており、3人はAlexiの意見に賛成だったと説明。AlexiはRoopeの脱退に不満があった事でより一層音楽活動に力を入れる様になり同年と翌年2016年に100人のギタリスト達を集めたHelsinkiでのフェスに参加したのはそういった経緯からだったと説明。


しかし2017年に入り、Alexiは給料が少なくなった事に対し不満を言うようになり、自身の会社の持ち株をメンバーに売却し自身は契約社員みたいな感じでプロモーターから直接お金を貰うやり方でやりたいと言ってきたそうです。しかしこの意見に対しメンバー達は面倒な事になるとAlexiを引き留める。実際、バンドの会社はディフォルトを出しておりメンバーへの給料が支払われていない時もあったもの、ツアー活動によって得た収入で直ぐに回復できたと説明。しかし、バンドの経営は少しづつ傾き始めており月給4500ユーロになったそうです。この傾向に納得がいかなかったAlexiは2018年に自身の破産を理由にバンドを脱退するとメンバー達に連絡。「もう脱退するしかなくなった。俺の脱退を投稿しても良いよ」とメールが来た事でメンバーは大慌てに。メンバー達にも生活のローンや今後予定していたアルバムの制作費をレーベルから借りていた事もあり、メンバー達とマネージャーはAlexiに連絡を取ると「お前達の言い分だと、もし俺がパーソナルな事情で脱退したらバンドがレーベルから告訴されるって?そんな話聞いた事ない。もしそんな事があったら俺一人で責任を背負って皆には迷惑が掛からない様にするよ」と返事がきたそうです。メンバー達は根気強くAlexiを説得しようとしていたもの、Alexiから来るメールに毎回ビクビクしていたと説明。


しかし2018年7月にAlexiは「俺はやり残した事やツアーが終わってないのに去る事は出来ない。確かに10年前の様な経営には戻れないかもしれない。精神的に追い詰められた俺は時に耐えられなくなったり、衝動的に悪態をついたりしてきた。自身が思った事をそのまま言ってきたのかもしれないが、それでも他のメンバー達のせいではない事も理解している。だから本当にごめんなさい。今度のツアーは悪感情無しで行いたい。」とメールがきたそうです。


2019年にアルバムHexedをリリースしAlexiは自伝(Petri Silas著作)を出版。3人は自伝は読んでいないもの他の人から聞いた内容だととても良い本だと思ったと説明。しかし当時のAlexiは体重が激減し危険な状態であった為Alexiの健康を考慮しライブ時間を短縮する事もあったそうです。Alexiの異変についてミーティングを行ったところ、マネージャーからAlexiの薬物乱用が再発していた事を知らされメンバー達はショックを受けたそうです。Alexiはバンドがリクエストしたリハビリ施設への入所を拒むもの、医者に診てもらう事は承諾、そして糖尿病であった事が診断される。この時Alexiはバンドともう1枚アルバムを制作し数年後にはラストツアーを行う事を話していたそうです。しかし、今後の予定を確認するミーティングにAlexiは欠席し「Fuck Off」というメッセージでメンバー達とのコンタクトを遮断。そして2019年夏、Alexiはバンドに無断でフィンランドの特許庁に書類を提出。Children Of Bodomの名前を自身の物にしようと画策。この行いに3人は失望し、Alexiに特許庁への書類を破棄しなければ経営会社からの除名そしてバンドから追放すると法的な書類をAlexiに届ける。Alexiは3人からの書類に憤慨したもの「Children Of Bodomの名前は返すよ、ここまでシリアスな事態になるなんて思わなかったんだ」と返信を受けたと3人は説明。


バンド内での関係が悪化している中、COBはツアーに入り、同年10月Alexiは2008年以来となる程飲酒しライブパフォーマンスにも支障をきたす様になっていく。直ぐにマネージャーがAlexiの問題を止めるべく動くがAlexiは一向に聞き入れなかった。Jaskaは「お前は朝食から飲酒する様な奴じゃなかっただろ。ましてやライブ前だぞ。そしてライブ前のウォームアップもしなくなっているじゃないか」と苦言するとAlexiは家族が病気で悲しいから飲んでいると発言。Jaskaは「理解はできるが、しかしライブを潰すのは良くない。しっかり睡眠をとれ」と言って別れると翌日Alexiは「HenkkaとJanneはSt. Petersburg公演後に即解雇する」と言ったメールを送って来た。しかし翌日Alexiは自身の行いをメンバー達に謝罪しツアー中は飲酒をしないと約束する。Alexiの手は震えている状態だったが数公演は上手くいったそうです。


こういった事件を機に3人は以前Alexiが提示した通りAlexiから会社の持ち株を買い取る事にしたそうです。Alexiはその後も作曲やアルバムセールからのロイヤリティは受け取っており、AlexiはChildren Of Bodomという名前、マーチの権利を失った事を説明。雇用メンバーとなったAlexiは飲酒をせずに最後のライブまでキチンと活動。3人は「Alexiは彼にしか出来ないスクリーム/歌唱力でライブをやってくれた」と最後はとても良いライブであったと説明。


COB解散後、Alexiは次の音楽活動にてバンド名をBodom After Midnightと決め、直ぐに3人に連絡を取ったそうです。3人は「勿論OK」だと承諾。その後もお互いの交流は続いており、パンデミックが始まった後、バンドはマスクを制作しAlexiがマスクを装着した写真を投稿していました。また3人は新しいマーチショップをオープンする前、Alexiに連絡しCOBの時の様にショップの25%のシェアを持たないかと持ち掛けAlexiの生前最後まで交流はあった事を説明。


3人はAlexiと一緒に長年活動出来た事は名誉な事であり、友人よりもブラザーな関係であった。だからこそバンドの解散は彼等にトラウマ的な影響を与えている事も説明。


現在Henkkaは政治学の学位を所得しバンドMoon Shotにて活動、近くに欧州ツアーを予定。JaskaはMercury Circleにてプレイし2作目を発表予定。JanneはAalto大学にて建築学を勉強中。そして3人は現在もChildren Of Bodomの会社を経営しておりChildren Of Bodomの歴史を集めたミュージアム/バーを計画している事を説明。また3人はAlexiの家族と一緒に地元にあるEspoo Cultural CentreにてCOB写真展をこの10月に行う事も発表。Alexiの姉Annaさんも3人の活動にはLaiho家もサポートしておりAlexiのメモリーを大切にしていきたいと説明。またAnnaさんは奥さんKelliさんを始めAlexiの家族は2020年秋にAlexiの容体を心配し何度も医者や専門医へ行くことを勧めていたものAlexiは断っていたと説明。Annaさんは「彼は他の人を思うとてもやさしい人だった。しかし彼は常にDemonsを抱え、一人で闘っていた。」と発言しています。


こちら記事: https://www.hs.fi/kulttuuri/art-2000008804579.html