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Will Putney

レコーディングプロデューサー、エンジニア、ギタリスト

バンドを裏でサポートする人達をご紹介!

このコーナーではバンドを影で支えるマネージャー、機材テクニシャン、グッズ担当、プロデューサーやバンドを売り込むレコード会社やプロモーターの人々にスポットを当てて紹介していきます。​

音楽プロデューサー、エンジニア、そしてギタリストとして活躍するWill Putneyが自身が手掛けて来た思い出に残る作品について語る。

現代のメタル、ハードコアシーン等にて絶大な影響力を持つに至った音楽プロデューサー/エンジニアWill Putney。バンド活動では自身が結成メンバーの一人であるFit For An Autopsy、End、そしてBetter Loversで活躍。米ニュージャージー州出身、同州にてLamb Of God、Hed PE、Crossfaith、Suicide Silence等の作品を手掛けたプロデューサーMACHINE(Gene Freeman)のアシスタントエンジニアから始まり、Suicide SilenceやFour Year Strong等の作品のエンジニアを担当し実力を付けたWillは2015年にMACHINEがテキサス州に移った後、MACHINEのスタジオを買い取り自身のスタジオGraphgic Nature Audioをオープン。Knocked Loose、Body Count、Vein.fm等の作品を手掛け、現メタルの象徴的なサウンドを確立し、人気プロデューサーとなりました。また、プロデュース業やバンド活動以外にもWillはプラグインTonality:Will PutneyをSTL Tonesからリリースし、ドラムソフトウェアプラグイン向けにModern Metal EZXをToontrackからリリース、そして音楽教育プラットフォームNail The MixやHow It's Done W/ Will PutneyコースPodcastを通じて後進の育成にも貢献しています。

Willは自身のプロダクション哲学を「Raw But Polished(生々しさと洗練の両立)」と説明。現代的なクリーンで巨大なサウンドを作り上げながらも、機械的で無機質な仕上がりを避けて、バンドの人間味や感情的なエネルギーを引き出す事を最も大切にしていると語っています。
https://www.nailthemix.com/will-putney

 

「メタル界のDr. Dre」と称されるWillは現在も精力的にバンド活動とプロデューサー業を両立しています。Willの事を「メタル界のDr. Dre」とニックネームをつけたIce-Tは、Dr. Dreがヒップホップでそうしているように、様々なバンドの個性を損なうことなく、驚くほど素晴らしいサウンドを作り出せるから、と説明。

今回WillはMetal Injectionサイトの企画で自身が手掛けた作品の中で特に思い入れの強い作品をあげています。映像冒頭、Willは自身のキャリアについて以下に発言。

「MACHINEと仕事を始めた時、ほぼ即座にプロデューサーになりたいと思ったんだ。でも、そのMACHINEとの仕事を始めた時、レコードプロデューサーが何なのかは知らなかった。バンドの音楽を録音をするだけの人のことだと思ってたんだ。スタジオに行ったことあるだろ?ボタンを押すだけの親切な奴がいて、アーティストは演奏して帰るだけって感じで。でもあるアルバム制作を通じて、本物のレコードプロデューサーが実際に何をするのかを学んだんだ。そしたら ”わあ、この仕事って最高だな” って思ったんだよ。クリエイティブに深く関わりながら、バンドの一員となって参加できるような感覚でね。だから、すぐに ”これを極めるには今後の音楽キャリアでどうすべきか考えなきゃいけないことだ” って思ったんだ。

明らかに、どんなレコードプロデューサーでも一番難しい課題は、一緒に働きたいバンドを自分のもとに引き寄せることだと思うんだ。すごく熾烈な競争なんだよ。アルバムを制作できる連中は大勢いるからね。それに、クールなバンドなら尚更競争が激しいんだ。経験が浅くて実績もないアーティストから、”経験は浅いけど君たちの音楽を本当に理解しているし、より良いレコードを作る手助けができる” と説得するのは本当に大変なんだ。何年もかけて自分を証明し、徐々に築き上げていく必要があるんだ。僕が始めた頃は、友達のバンドとか、とにかく録音できるバンドを何でも引き受けてた。クリエイティブに好きじゃなくても、注目されるものなら興味を持った。でもそれは、より大きな目標への手段として捉えてたんだ。だから最初の頃は、山を登るような感覚で本当に苦労が多かったんだよね。今でも、あの時期が自分にとって一番厳しかったと思う。今では注目されるアルバムを作らなきゃとか、特定の結果を出すプレッシャーがあったりするけど、それでも ”人々に認知されなきゃ、” ”名前を売らなきゃ” ってあの頃のプレッシャーとは比べものにならないよ。あの ”Will Putney、誰だ?” って思われる状態。あの時代こそが本当に試練だったね。

音楽制作と創作の境界線は作品ごとに確実に曖昧になる。当然、状況はそれぞれ違う。自分のスタイルを固持するバンドと仕事することもあるよ。例えば、これらはこのバンドの楽曲で、彼らは制作において特定のものを求めているだけという場合。一方で、僕が制作において非常に深く関わって、楽曲制作などを手伝う場合。つまり、その2つの場合の境界線は常に変化するものだと思っている。でも、僕が最もやりがいを感じる時は、バンドに深く関わってスタジオで協力して一緒に作品を制作する時だね。そこは、僕とバンドのビジョンが一致している状況だからだね。だから、それを助けるためにできることは何でもやるんだ。サウンドの観点からでも、サウンドデザインでも、ギターを手に取ってリフを良くすることでも、そういう全てが、バンドが望む大きな目的の為に役立つと思っているんだ。だから、バンドに関わり一緒に制作していく境界線はすごく曖昧になるんだよね。特に複数のバンドやプロジェクトを持ち、プロデューサーも兼ねている僕にとっては、全てがひとつの大きな楽器なんだよ。頭の中にあるアイディアを形にする為にゴールを目指している。それがライブであれ、レコーディングであれ、時間の経過と共に全てがつながってきて、今では僕の音楽人生の前進の一歩として捉えているんだ。」

Suicide Silence: No Time To Bleed (2009)
実はこの作品が、僕が初めてエンジニアとして雇われたアルバムの一つだったんだ。当時僕はプロデューサーMACHINEのインターンで、学校に通いレコーディングのクラスを取っていた、そのクラスで使用していたスタジオのオーナーとMACHINEが友達だったおかげで、この仕事に就けたんだよ。僕がメタル好きだって知って貰っていたからMACHINEを紹介されたんだよ。子供の頃からLamb Of Godの大ファンだったからね。当時、MACHINEに初めて子供が生まれ、スタジオでバンドの面倒を見るような人を探していたんだ。だから、経験ゼロの超新米で、掃除やコーヒー作りとかするだけの役目として、そこでの仕事を得たんだよ。それから半年から一年かけて、少しずつコツを掴んでいったんだ。MACHINEには本当に世話になったよ。仕事が終わった後もスタジオを使わせてくれて、基本的な編集作業で経験を積んで、ついにレコードのエンジニアとして働けるレベルまで上達できたんだ。そして最初の仕事の一つが、Suicide Silenceのアルバムだったんだ。あれは本当に楽しかったよ。当時MACHINEはデスコアのルーツについてあまり詳しくなかったけど、僕はまさにそのシーンに浸かっていたからね。当時、僕はFit For An Autopsyを結成しツアー活動を通してSuicide Silenceのメンバー達と知り合っていた。Suicide Silenceの連中とは友達みたいな関係だったのさ。知らない人も多いけど、あのアルバム制作中、彼らはFit For An AutopsyのギタリストPat Sheridanの家に居候してたんだよ。だからあの連中とは既に仲間意識みたいなものがあって、MACHINEがアルバムを作ってるレベルで一緒に仕事できるのがすごくクールに感じられたんだ。すでにSuicide Silenceとは繋がりがあり、一緒にアルバムを制作した事でより一層彼等との繋がりを感じていたよ。そして彼らと仕事するのは本当に楽しかったね。スタジオには大量のマリファナがあったな。でも本当に楽しい時間を過ごせたんだ。あの経験はエンジニアとしてのキャリアにおいて重要な分岐点だったと思う。あのレコーディングの仕事には今でも感謝しているよ。

こちら当時のWillとSuicide Silence(3:35): https://youtu.be/0IFZakY-SaU?si=7_XM3i8wfpnecmVv

 

Fit For An Autopsy: The Process of Human Extermination (2011)
このタイトルはTurmoilとCandiriaから借りたような、まあごちゃ混ぜみたいな感じだな。Fit For An Autopsyはニュージャージー州でハードコアバンドをやろうとして名前もなく始まったんだ。俺とPatが以前やっていたバンドから派生した感じで始まったな。最初はただハードコアバンドをやろうとしてただけだった。僕等は自分たちのルーツが好きだった。メタルバンドをやってみようとか、そんな実験は全くしてなかったんだ。 そこで出会ったのがNate Johnsonで、当時彼はバンドを探していた。Nateは当時すでに大物だった。Deadwater DrowningやThrough The Eyes Of The Dead(https://youtu.be/iwzvVDd4BKw?si=hUSF-MAmY0e6_yov)、Premonitions Of Warといった、とにかくエクストリームなバンドで活躍していた。彼はまさにそのシーンの第一人者で、僕とPatは ”こいつの声はマジでヤバい” って思っていた。Nateがバンドを組みたいと言うので、僕等は ”よし、ブルータルなバンドをやろう。彼を興奮させるような曲を作ってやろう” ってなったんだ。それで方向転換してNateと活動するようになったんだ。NateはDeadwater Drowningで一緒だったベーシストSeth Colemanを紹介してくれ、僕等と昔から一緒に演奏してきたドラムBrian Mathisも加わりFit For An Autopsyがバンドとして始まり、あのアルバムを生み出したラインナップだった。本当に最高だったよ。ミュージシャンとして、僕等が育ってきた音楽や、それぞれのバンドで影響を受けてきたものとは全く違う道を歩んだんだ。僕等はこれまで本格的なブルータルなデスメタルをやったことがなかった。だからMorbid Angelとか初期のSuffocationみたいなデスコア初期の時代みたいなサウンドでね。僕等はそういう音に完全に没頭していて、そしてThe Red ChordのGuy Kozowykが経営しAnimosity等が在籍したレーベルBlack Market Activitiesと契約したんだ。あの頃、彼等と仕事するのは最高だったし、今までやったことのないことに取り組む自由で創造的な時間だった。あの頃は僕のプロデューサーとしては初期の頃で、ただひたすら自分のバンドでレコーディングの練習しているみたいな感じだった。あの最初のアルバムは僕にとって練習みたいな感覚だった。あの最初のアルバムを作っている間も、まだいろいろ模索していた段階だったけど、今でも通用すると思うよ。あの作品を誇りに思っている。あのメンバー全員が大好きだし、僕等が本格的にブルータルなミュージックの世界に飛び込むための、本当にクールな出発点だったと思う。

Knocked Loose: Laugh Tracks (2016)
クラシックな作品だ。Long IslandのフェスでKnocked Looseとちょっとだけ会ったんだ。それで彼等の演奏を見て ”おっ、何か起きてるな。これは間違いなく注目されるバンドだ” って思ったんだ。彼等のそれまでを追っていった事を覚えてるよ。彼等のEP作Pop Culture(2014)を聴いた。あれが彼らの最初のリリースだったと思う。そしてライブでバンドが放つエネルギーと観客の反応を見たんだ。キャリアの中で初めて、いや数少ない ”これは絶対に成功する” と感じた瞬間だった。彼等のビジョンが見えた。彼等が何から影響を受けていて、それをどう自分たちのものに変えているのかが分かったんだ。それで、幸運にも彼等と話す機会があって、”ねえ、このバンドのことは理解してるんだ。君たちの影響源もわかる。僕もたくさん貢献できると思う” って伝えたんだ。そしたら、彼等も当時の僕にチャンスをくれたんだよね。Laugh Tracksは結構早く録ったんだ。あっという間にやり遂げたのを覚えてる。それに、自分よりずっと若い連中と音楽を作るのがすごく楽しかったんだ。彼らが古いハードコアや90年代の音楽に詳しいのにはいつも驚かされたよ。”君らそんな時代知らないだろ?なんでこんなバンド知ってるんだ?” ってね。本当に驚かされたよ。彼等は本当に本物だと言える。あのハードコアやパンクシーンの世界の歴史や全ての起源を知っているような意味でね。そう、あの頃、18歳の若者がハードコアとかそういう知識をこんなに持っているなんて、想像もできなかったよ。まあ、その後のKnocked Looseの経緯は素晴らしいよね。今や彼らは絶好調だけど、最初から何か特別なものがあるってのは明らかだったんだ。あの連中は本当に好きだよ。一緒にリリースした全ての作品で彼等と仕事できて幸せだった。ああいうメンバーがいるバンドが今の地位を築けたのは、本当に嬉しいよ。

WillとKnocked Looseのレコーディング時の映像(4:00): https://youtu.be/GTh6kkFn7c0?si=cqhivSRV3Q5w344k

 

Bad Omens: Bad Omens (2016)
Bad Omensの件は、当時彼等が所属していたレーベルSumerian Recordsの為に多くの仕事を手掛けていた経緯で引き受けて制作した作品なんだ、あの作品はどちらかと言えば育成的なプロジェクトだったんだよ。Sumerianは最初からBad Omensに本当に大きな野望を抱いていたんだよ。SumerianのBad Omens(契約したばかりでデビュー作も出していなかった)に対するアプローチは別物で、ただ大きなバンドを作ろうとしていた。Bad Omensの活動を顕微鏡で観察するように細かく見ていたんだ。悪い意味ではないが、他の作品のように純粋に芸術的な創造性に基づくものではなかったかな。むしろ ”大物バンドを作りたい” ”大合唱が響く曲が必要だ” ”ヒットする楽曲を” という方向性だったね。普段僕が熱中するタイプの作品ではないが、Bad Omensメンバー達との仕事は本当に楽しかった。彼等は本当に優しい奴らなんだ。スタジオでは皆で楽しくやってたよ。Bad Omensのギタリストは本当に器用でね、すごくクリエイティブな奴だったな。彼等はサウンドデザインをたくさんやってて、他のプロのプロデューサーやエンジニアと遜色ないレベルで凄く頑張っていたんだ。面白い話なんだけど、彼等のバンド名は元々Bad Omensじゃなかったんだ。仮タイトルは何だったっけ?確か母音のない「CHLDRN」で、後からBad Omensに変わったんだ。あのアルバム制作中にバンド名が変わったんだ。当時、僕はCHLDRNとの作品を作っていたから ”待って、名前変えるの?もう決まってたんじゃなかったの?”って感じだったけど、まあ結果的に良かったんだろうね。とにかく彼等は最高な奴だし、あのアルバム制作は本当に楽しかった。それに今や彼等が到達した規模を見ると本当にクレイジーだよ。すごく素晴らしいことだよね。

Body Count: Bloodlust (2017)
Body Countのメンバー達が本当にクリエイティブ面で僕を受け入れてくれた初めての作品だと思うよ。彼等と初めて作ったアルバムManslaughter(2014)ではすごく気が合ったんだけど、でも多くの部分でバンド活動休止期間が長かった後だったから、彼等はこの時の音楽シーンに対して警戒心が強かったんだと思う。Body Countは再び僕と一緒にアルバムを作る機会をくれた。Bloodlust制作前、彼等は事前に 大量のデモや曲の冒頭部分などを用意して少し現代風にアップデートしていたな、現在のメタルミュージックの流れを取り入れつつもアイデンティティは保つ、という方向性を見つけるのに結構時間がかかったんだ。だからManslaughter(2014)では試行錯誤が本当に多かった。2作目では ”よし、これでどう進めるか分かった” という感覚で、バンドに対してより積極的に関わるようになったよ。スタジオで一緒に多くの楽曲制作を行い、信頼関係の壁も取り払えたんだ。そうして ”よし、俺も本当にこのバンドの一部だ” という感覚が生まれた。あのアルバムは本当に最高だったよ。参加してくれたゲスト陣も皆最高だった。Soulfly等のMax Cavaleraのトラックを受け取った時本当に嬉しかったんだ。一緒に曲を作れたし、彼を尊敬しているからね。Maxと曲を作れるなんて本当に最高の瞬間だったよ。だからBloodlustは間違いなく僕自身がアーティストにとって重要な存在だと実感できた作品だった。彼等と仕事ができて創造的にとてもやりがいを感じたよ。

 

Body Count: Carnivore (2020)
Bloodlustが結構うまくいった。バンドはまた大きなフェスに出るようになって、すぐにCarnivoreをリリースした。この時は僕が彼等の居るカリフォルニアに行ったのさ。ベーシストVincent Priceの家に泊まって、家で曲作りやジャムセッションをしたんだ。そこで生まれたのが曲Bum-Rush(https://youtu.be/vutQj7grdUA?si=KY6X3tSmrFKrtssK)で、あの時は ”Prodigyみたいなビートで、エネルギー溢れる曲を作りたい” って感じで作ったな。最初に組み立てた時、Body Countで慣れ親しんだグルーヴやスラッシュの要素が全然感じられないって思ったんだ。面白いことに、Ice-Tが曲に取り組む姿勢はほぼヒップホップスタイルなんだ。彼はインストゥルメンタルを、今でもラップビートのように聴くんだよ。彼が聴きたいようにインストゥルメンタルをほぼラップビートと同じようにアプローチして新しい作曲プロセスな感じだった。それから、僕等が作った音源をIce-Tに渡して、Ice-Tが返してきたものを聴いた時、”ああ、これで納得した” って感じだった。だから、最初はヴォーカルが入るまで、その曲の本質が理解できてなかったんだ。それから、ブリッジ部分を追加して、Body Countの世界観に戻すような要素も盛り込んだのさ。アルバムは好評で、信じられないことにグラミー賞にノミネートされたんだよ。本当に驚いたよ。そして実際に受賞したんだから、これもまた信じられないことだった。確かコロナ禍の時期だったからグラミーの授賞式は開催されずライブストリームの式だった。だからなのか僕は授賞式のストリーミングをすっかり忘れていたんだ。スタジオでヴォーカルトラックの作業をしていると、突然スマホが鳴り出し、”おめでとう”、”おめでとう”、”おめでとう” というメッセージが次々と届いたんだ。僕は ”なんてこった、Body Countがグラミー賞を獲ったんだ!” と感激していると友人のAndrewから留守電メッセージが届いていてね、僕も ”ああ、僕がグラミー賞を受賞したことを教えてくれるメッセージだな” といった感じだったな。本当に感謝しているよ。でも、かなり非現実的だったね。僕等が作る音楽の本質、僕が手掛ける作品の種類は、決してグラミー賞を目指すものではないからね。僕は、適切なエネルギーを持ち、人々とつながり、歌詞が重要で目的意識と意味のある作品を作りたいと思っているよ。そして、それが実際にそのような音楽の最高峰的な所へと超越していくのを見るのは、かなり非現実的だったね。だから、僕はそれを当然のこととは考えていないよ。このCarnivoreに関わった全ての人にとって、それは明らかにクレイジーな瞬間だった。そして、とても素晴らしいことだったよ。

こちらグラミーを受賞したIce-Tのスピーチ映像: https://youtu.be/DE07NqlIv-A?si=Sb57GtPDXrBcT5r8

 

Fit For An Autopsy: The Sea Of Tragic Beasts (2019) 
おそらくFit For An Autopsyにとってのブレイクスルー作だね。前作The Great Collapse(2017)でようやくバンドがシーンにて認知され始めたところだったと思う。バンドとして真剣に受け止められ始めて、スタイルも本当に確立され始めたんだ。でもSea Of Tragic Beastsこそが、今の僕等の原点みたいなものだと思うんだ。クリエイティブ面では、ようやく ”僕等はこの世界でどこに位置するんだ?”って理解できたんだ。他のバンドと同じ音にはなりたくない。モダンなデスコアが向かっている方向性には、正直あまり共感できなかったからね。つまりさ、バンドやるなら、まず自分達だけのサウンドじゃないとダメだし、それに本当に楽しめるものでなきゃいけないんだ。だから ”これできるかな?” ”試してみようか?” って感じで、”メロデスから取り入れたら?” ”ポストメタルから取り入れたら?” って話になったんだ。”歌をダサくならない形で取り入れたら?”って感じでね。とにかくたくさん曲を書いたよ。何ができるか模索して、自分達の強みを活かそうってお互い頑張って制作したよ。あの時期こそ、メンバー全員をミュージシャンとして本当に尊敬し始めた瞬間だと思う。あのアルバムで全員がレベルアップした気がするんだ。あのアルバム制作期間とリリースサイクルを通じて全員が成長し、僕等が真のバンドへと変貌したんだ。今でもあの時期をバンドにとっての重要な転機として振り返るよ。本当にクールな瞬間だった。僕等のアイデンティティが確固たるものになった出発点なんだ。

 

End: Splinters From An Ever-Changing Face (2020) 
僕等が大好きなクソ長いアルバムタイトルだな。まず、Endは他のバンドの仲間とやってるバンドで、ハードコアにカオスなグラインドとパワーバイオレンスの要素をもっと混ぜたいっていう、僕等全員の欲求を満たすために始めたんだ。Fit For An Autopsyの僕と、ヴォーカルのBrendan MurphyがCounterpartsをやってて、Misery SignalsだったギタリストGregory Thomasとも知り合いになって、みんなこのニッチなサブジャンルに熱狂してたんだ。そこで ”一緒にバンドやったらどうだろう?”って思ったんだよ。だからこれは、僕等全員にとって本当に楽しく、自然な形で生まれた情熱のプロジェクトだったんだ。だってそれぞれが自分の活動で超忙しかったからね。EPをリリースしたら評判が良くて、そこからフルアルバムのSplinters From An Ever-Changing Faceへとつながった。僕にとって、あのジャンルで自分がクリエイティブに本当に好きなものの核心を初めて掴めた気がしたんだ。EPには初期の楽曲が多く収録されていて、それらは確かに素晴らしいものだった。でもSplinters From An Ever-Changing Faceは、僕とGregoryが腰を据えて ”僕等が本当にやりたいのはこれだ” ”こうあるべきだ” と真剣に向き合った結果の作品なんだ。僕達のヒーローや同世代のアーティスト達、長年崇拝してきたバンド達の音楽を聴きながら ”僕等もこんなバンドになりたい” って感じで、そこにすごくエネルギーを注いだんだよね。それに、The Dillinger Escape Planで有名なBilly Rymerが初めて参加して、ドラムを叩いてくれたアルバムでもあるんだ。彼は本当に素晴らしドラマーだよ。あの制作はすごく創造的に充実してたんだ。すごく時間をかけたんだけどそんな気がしなかった。だって本当に楽しんでたからね。僕にとって、こういう制作はいつも一番好きな作品になるんだ。エネルギーを注ぎ込んでるのに、それが本当に楽しいって感じる時さ。そしてSplinters From An Ever-Changing Face は間違いなく僕にとってそういう作品の一つだった。

 

Better Lovers: Highly Irresponsible (2024) 
これは僕の別バンドBetter Loversの初のフルアルバムだ。Highly Irresponsibleはリリースから約1年半経つな。あのね、僕等はこの作品の前にサプライズEPでGod Made Me An Animal(2023)をリリースすると同時に、まるで持ち曲が倍以上あるかのように即座にツアーを始めたんだ。だからその期間に、本当に短期間で大量の楽曲を書き上げたよ。そしてまた、これは正に ”全開で燃え上がっていた瞬間” として、これからもずっと指し示し続けるであろうアルバムの一つなんだ。つまり、僕にとってBetter Loversのメンバー達は、ミュージシャンやクリエイティブな人間の中で頂点にいるような存在なんだ。だから本当にとにかくひたすらに集中して、一日中曲を作り、一日中レコーディングする感じだった。つまり、毎日朝から晩まで働いたんだ。それでも、ただただ楽しかった。疲れるとは思わなかったね。実際にアルバムに収録されなかった曲もたくさん作ったんだ。つまり、あのアルバム用に完全にトラックダウンした曲は、まあ何曲かあったってことさ。それに、ヴォーカルGreg Puciatoのプロデュースは初めてだったんだけど、それが本当に楽しかった。彼は本当に素晴らしいヴォーカリストなんだ。それに、このレコーディングセッションで僕隊の相性も見つけたんだ。本当に僕がBetter Loversに参加した理由、そしてフルタイムでツアーに戻った理由は、Gregが現れた時、ある意味 ”よし、もしこれをやらなかったら絶対に後悔する” って思ったんだ。だって、これこそ僕が一緒に音楽を作りたい人達なんだから。そしてこのレコードでその証明を見られた時はさ、”マジで… やってよかった” って心から思ってる。あの連中は本当に大好きだし、あの作品には心底満足してるんだ。

​こちらからWillが思い出に残る作品を語る動画全編: https://youtu.be/xqF9En4TtAQ?si=UU7SuZK-m3n5kLNi

 

 

 

Will Putney

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